
15年ほど前のこと、私は上司のMさんに呼ばれ、彼の部屋の机の前に立っていた。Mさんは椅子に座りながら両手を頭の後ろにやり、こう言った。
「中野君、君は明日から先生と呼ばれる。でも誰ひとり君を尊敬して先生と言っている人はいないからね」
その日は私が初めてクライアントに出向き、監査をする日の前日だった。以来、この言葉は自分への戒めとして、いつも私の心に置いてある。
私が勤めている間、Mさんは出来の悪い私に何かと目をかけてくれた。一緒に食事をした時、割り勘にしようとすると、いつも怒ったような口調で「いいよ、いいよ」と言った。
そんなぶっきらぼうなMさんが大好きだった。なのに私は何の恩返しもできていない。日々の仕事に追われもがいている。ただただ自分の愚鈍と怠慢を恥じるのみ。
いつか再会し、今度は私がご馳走したいと思う。でもまた「いいよ、いいよ」とMさんは言うだろう。
2005.12